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万田抗

九州・山口の近代化産業遺産群のひとつ 

エネルギー資源が石炭から石油へ変わり、その役割を終えた。         

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三井石炭鉱業三池炭鉱 万田抗

1951(昭和26)年 閉抗

閉抗後、1997年三池炭鉱閉山まで坑内の排水の為の役割を担っていた。 

 

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第2竪坑櫓 

1908年 竣工  地上18.9m

地下264mという地底との間を

つるべ式の2台のケージ(エレベータ)が昇降していた。

石炭採掘の工員と資材を乗せ

3mを超える滑車が忙しく回っていた時期があったんだな。

(揚炭用は第1竪抗)

レンガ造りの第2竪坑巻揚室

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レンガは強度の高いイギリス積み

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巨大な歯車

(チャップリンが出てきそう)

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ケージの乗り口から見上げた櫓

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鐘とベルで巻揚室や抗底と連絡を取っていた信号所

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水筒を持ち、この前を通過して、

定員25人のケージに乗り込む。

ここから1分で暗い地底へ到達

落ちていく感じだろうな。

無事に地上に戻れるのか。

命がけだ。

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4人で、このトロッコいっぱいに石炭を積んで運ぶ。

炭券という札を渡すとお金がもらえた。

(当時、4人で1万円)

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トロッコに乗った石炭は、三池炭鉱専用鉄道で三池港へ

石炭が黒ダイヤと呼ばれた時代

♪炭坑節

 月が出た出た 月が出た  (ヨイヨイ)
 三池炭鉱の 上に出た
 あんまり煙突が高いので
 さぞやお月さん 煙たかろ  (サノヨイヨイ)

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ちょっとおでかけ」カテゴリの記事

コメント

遺跡として残っているのだ。
そこに立ち、自分は何を想いうかべるか。
トロッコの線路跡。どこに向かって行っていたのか…。

投稿: 銀次 | 2012/05/15 05:35

drama銀次さん

確かにそうです。
そこに立って、想うことがあります。
それが遺産であり、これからの役割なんだなと感じました。

投稿: ☆yuki | 2012/05/15 21:30

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